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自動運転車は成功するのか?

2016年09月17日
人間が運転しなくても、車自体が勝手に運転する車。
そんな車が次世代の標準になるように世界中の自動車メーカーそしてグーグルまでが参戦。
日産は2020年の市街地での運転を目標にしているとか…。
オツムは大丈夫なのでしょうか?
自動運転車なんかに街中を走られたら、本当住み難い世の中になるのは目に見えてるのに…。

コンピューターに周囲の状況を認識させて、それに基づき車を運転させる。
それ自体はそう難しい事では無いと思います。
自動運転の開発に先んずれば、何かしらの営業的利益はあがるのかもしれません。
でもそれを市街地で走行させたらどうなるか考えているのだろうか?

自動運転車を市街地で走らせる場合の一番の問題点は、その運転に関する責任の所在。
もしその車が事故ったら誰が責任とるの?
当然その責任は社会的弱者に振り向けられる事になる。
責任が弱者にしか向けられない事は、現在のJRの人身事故の例からも用意に分かる。
誰が社会或いは政府に対して発言力を持っていないのか?
もし自動運転車が事故を起こす度に製造者が賠償金を払う事になりでもしたら、日本の基幹産業である自動車産業が立ちゆかなくなるのだ。
そうなると当然、その責任の所在は安易に弱者へと向けられる事になる。
そして弱者とは歩行者である。

家の近所でもうろくした爺様や婆様或いは周りに注意を払えないお子ちゃまが自動運転車に引かれても泣き寝入りするしかなくなるかもしれない。
まあ自動運転車自体もそれくらい想定して作ってくるかもしれないが、それなりの人柱は必要になって来るかもしれない。

そしてもし自動運転車にJRの電車と同じ特権を与えてしまった場合には、また別の問題が出てくる。
その特権さえあれば、自動運転車で誰かを引いても罪に問われなくなるのだ。
これ以上言わなくても、言わんとしている事は分かるだろう。

まあでも、今まで上げた不具合に目をつぶれば、全体的な交通事故数は減るのだろうか?
なんかそんな気もする。

日産さんは2020年に市街地での実用化を目指していると言う。
と言うことは、自動運転車の責任の所在についてもある程度対策を立てているのだろう。
何が怖いって、あと4年しか無いのにその責任の所在の様な法律的問題をクリア出来ると思っている事が怖い。
その無知が怖いと言っているのでは無い。
多分もう既に、庶民の知らないところで、その様な確約がされているかもしれない、と言うことが容易に想像出来てしまう事が怖い。

批判的な事ばかり書いてしまったけど、
「個人的には自動運転車の自動車レースなんか見てみたいなぁ
なんて思ったりします。